ダナンの歴史

 ダナンは昔、小さな港町としてひっそりとした存在感でした。
18世紀当時の政権はフエにあり、中部は交易の町として発展していましたが、その中心はずっとホイアン(現在世界遺産)でした。

しかし、ホイアンが廃れていくにつれて、交易の場所は次第にダナンに移りかわっていき、19世紀にはダナンは中部最大の漁港・交易の町としてその名をベトナム中に轟かせました。

ベトナム戦争が訪れると、米軍が大規模基地をダナンに建設し、ベトナム戦争の抗争も激化していきました。
その名残は現在ではまったく感じることはありませんが、当時を生きた人に「ダナンのイメージは?」と訊くと、いまもなお「米軍基地」と答えが返ってくることもしばしばです。

ダナンの民俗と民族

ダナンの歴史は移り変わりが激しく、10世紀まではチャンパ王国の中心都市だったと言われています。
チャンパ王国が中南部に拠点を移動したあと、ダナンはキン族(いわゆるベトナム人)が移住するようになりいまに至りました。

よって、現在ダナンにある博物館は主にチャンパ王国の遺産を収めたものと、ダナンの民の生活習慣の移り変わりを展示したものとに分かれます。

ダナンは歴史を追ってもそれほど特筆すべき点がないため、あまり知らない方も多いかと思いますが、日本人からするとなかなか興味深い生活習慣だと言えます。

まず第一にダナンも日本も交易を主軸として栄えたという点は同じです。
発展を遂げた日本であっても、半島に行けば海女さんもいますし、昔ながらの網漁も行われています。
ダナンも同じく昔と変わらない漁法、生活を現在に伝えています。

現在は主要観光エリアに

ベトナムと言えば南部ホーチミン。
そう思い浮かべる人がほとんどですね。
日本で発売されているトラベルガイドブックを見てみても、頁の大部分はホーチミンで埋め尽くされていて、ハノイですら影は薄いですね。

しかし、欧米人が持っているトラベルガイドブックを見せてもらうと、なんと中部地方も大々的に紹介されているのです。
特にダナンから車で30分ほど走ったところにあるホイアンは数多くの旅行雑誌で満足度が高く、欧米人の人気のスポットとなっています。
最近は日本のガイドブックにもやっと特集されはじめてきていますが、まだまだですね。

ツアー会社でも積極的にダナン観光を取り入れて、「世界遺産の欲張りツアー」なるものも増えてきています。
一度は訪れたいエリアなので、もしベトナム旅行を検討されているのであれば、ダナンも視野に入れてみてはいかがでしょうか。

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